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ボウエン神話?

『ボウエン・テクニック』は、オーストラリア人のトム・ボウエン(Thomas Ambrose Bowen)によって開発された徒手療法です。彼の死後、ボウエン・テクニックが世界中に広められるにしたがって、ボウエン伝説が勝手につくられ、トムはこのテクニックを捕虜になっていた日本人から学んだ、とかアボリジニの長と過ごす中で習ったなどという話がまことしやかに語られることもありましたが、それは事実無根の話でした。

メルボルン在住のトムの娘、パムとヘザーやトムから直接このテクニックを教わった弟子たち、そして正式に残っているオステオパシー委員会でのトムの証言などから、現在わかり得る限り正確な話をここに書いてみたいと思います。

トムの両親はイギリス出身で1900年代の初めにオーストラリアに移住しました。トムは15歳で学校をやめ、父親の大工仕事を手伝ったり、羊毛工場やセメント工場で働いていました。第二次世界大戦中に結婚したトムは、救世軍ボーイズクラブの世話役で水泳チームのコーチもしていました。工場の仕事から帰ると手を洗って食事を済ませ、夜まで施術を始めたのが、現在「ボウエン・テクニック」と呼ばれている徒手療法の始まりです。トムが生きている時には、このテクニックは「ボウエン」とは呼ばれておらず、トム自身は自分のことをオステオパシーの専門家だと考えていました。トムはアメリカで日本の指圧を習ってきたErnie Saundersと一緒に一時期スポーツジムで施術をしていました。Ernieの指圧をベースにした手技から基礎となる手法を確立し、鍼灸の本なども読んで独自の手法を開発していきましたが、刺激を与えてからある一定の時間待つ必要があることを感じ取っていたことは、まさに天才としか言いようがありません。
Tom-Bowen.jpg

仕事の後、セメント工場の腰が痛い労働者たちに施術し、スポーツで体をいためた人たちを治療しているうちに口コミで評判が広まり、クリニックの前には行列ができるようになり、やがて治療することが本業になっていきました。トムのクリニックは午前と午後にわかれていて、予約した人たちは、そのどちらかに行って、番号札をとって順番が来るのを待ちました。トムは無口な人だったと言われていますが、1時間に14人もの人を診ていたので話をする暇もなかったのでしょう。また、両耳が悪く補聴器をつけていたのも、無口の原因かもしれません。セッションが終わると指を鳴らして助手に終わりを告げたそうです。
正式な教育を受けておらず自己流で開発したテクニックで人々を治療するトムを委員会はオステオパスとは認めず、トムは無認可のままクリニックを継続しましたが、年に1万3000人もの人をみたという記録があります。トムは、自分がオステオパスと認められないことに非常に失望しました。なぜならば、認可が受けられれば多くの人が保険を適用できたからです。けれども、トムは貧しい人からは料金を受け取らず、刑務所の囚人にも施術をして、ビクトリア州の警察からメダルを授与されたりもしました。

トムには、人の体を読み解く能力があったと言われています。彼のテクニックは、こういう場合はこうする、などという処方や方法が記録されることもなく、トムがその場で感じとったことによって適宜施されていきました。「もし2回来てよくならなかったら戻ってこないで、他をあたってください」とトムは言っていましたが、大抵は1回か2回で症状が改善されました。
彼のテクニックを習いたいと来る人たちがいましたが、このタッチではダメだ、と思われるとトムはもう来ないように告げ、最終的には6人の弟子たちがそれぞれ別の時期に人によって2年から7年、トムを観察し質問することによってこの手法を後世に伝えることになりました。

トムの死後、1982年に「ボウエン・テクニック」を教え始め世界中に広めたオジー・レンチもトムの弟子の一人です。トムのアプローチを簡単な手法のシリーズにまとめ図化したオジーの方法は世界中の人に受け入れられやすく、しかも(驚くべきことに)効果的でした。
今では、ボウエン・テクニックは、それぞれの弟子、そのまた弟子、そして各国の研究機関によって、トムの生前にはわからなかったことまでが研究解明されてきています。

たとえば、施術後の体の各所の変化をサーモグラフィーで比較したり、血圧や心拍数の変化を記録したり、数十名をボウエン・テクニックの施術を数回にわたって受けたグループと受けないグループに分けて痛みの変化を比較したり、人体解剖することによって筋膜の仕組みを調べたり、下のように、血液を採取して施術前後で比較したりです。(写真左側が施術前、右側が施術後です)

術後の変化

私がBowtechのティーチャー・トレーニングを受けた時には、それぞれのテクニックに関する解剖学や、鍼灸などのツボとの関連性、経絡、各技術の応用などのディスカッションがありました。モジュールを普通に習うのと、実際にクリニックで使っていくことによる違い、またその経験から出てきた疑問も話し合いました。

ここには書ききれない、トム・ボウエンのエピソードや、それぞれの弟子の解釈、発展、よもやま話などはモジュールのクラスでお話ししていきたいと思います。

最後に、トム・ボウエンがクリニックの壁に飾り、人生の指針としていたウィリアム・ペンの詩の日本語訳を書いておきたいと思います。

我々がこの世界を生きるのはたった一度だけだ
できるだけ善行に努めて
できるかぎりの優しさを示そう
この道を通ることは二度とないのだから

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Bowen Japan

Author:Bowen Japan
日本人初のボウエン・テクニックのインストラクター。American Bowen Academyにて、マスタークラス修了後、ABAのアソシエイト・インストラクターとしてカリフォルニア州と東京、千葉でクラスを指導のち、Romney Smeeton氏に師事する。現在は、カリフォルニアと日本で施術しつつ、日本でのセラピスト育成のためにBowen School Japan®にてクラスを開催している。

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